人は何故ミラマーレ城を目指すのか。その3、マニアな夫に内装を任すとこうなる編。

さて、いよいよお城の中に入っていきます。入って左手にブックショップ、切符売り場は更に奥です。入場料は一般8ユーロ(2018年は特別展があるので12ユーロ)。矢印に沿って地上階からコースが始まります。地上階は主にマクシミリアンと妻シャルロッテの居住区でした。
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時は1850年、18歳の若さでトリエステに初めてやってきた皇太子マクシミリアンは、利発で明るい皆に愛される性格でした。反対に後に皇帝となる兄のフランツ・ヨーゼフは真面目一筋の堅物だったそうです。マクシミリアンはオーストリア・ハンガリー帝国の海軍に入り、トリエステを拠点として地中海中を航海して巡ります。

船旅を愛したマクシミリアンはミラマーレ城の内装にも細かく口を挟み、自分の書斎はお気に入りの船「ノヴァーラ号」の船室(キャビン)に似せるように指示しました。他の部屋より低めの天井や、トイレにあるバランス式の水桶などがその特徴です。
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そもそもこの場所にお城を建てようと思ったのも、1855年船旅中に嵐に見舞われてこの地に避難して場所が気に入ったからなのです。1856年3月1日に建設開始、1860年のクリスマスに夫婦で入居しました。ただし、まだ2階の内装が済んでいなかったので地上階のみでの生活でした。入居の際にはトリエステの町の貧民の子供100人を招いてパーティーを開くという慈善家の一面も。

書斎にはシャルロッテが描いた絵も飾られています。シャルロッテはベルギー王国のお嬢様、さすがの教養です。絵のテーマは、夫を喜ばすためか、もちろん船。「ファンタジー号」という外輪船です。
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夫マクシミリアンもまたかなりアカデミックで、文学や科学、特に植物学にのめり込んでいました。当時のままのコレクションを維持している立派な図書館が彼の性格を物語っています。中央の可愛い少女は幼き日の妻シャルロッテ、四方に配置された大理石の彫刻はゲーテ、シェイクスピア、ダンテ、ホメーロスという歴史的大文豪で、Hermann Knaur作。
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船旅好きの彼の部屋に、もちろん立派な地球儀は欠かせません。
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彼は船旅のたびに現地の珍しい植物の苗木を買い込んでくるほどの植物マニアで、お城の周りの公園の整備にも口出しして、好きな木を植樹させたりしていました。特にお気に入りだったのが当時はまだかなりエキゾチックな存在だったパイナップルで、なんとお城の内装にも随所に取り入れてしまいます。あなたはツアー中、いくつパイナップルを見つけられるでしょうか?
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続いて妻シャルロッテの趣味の部屋たち。ここでフォルテピアノを弾いたり、絵を描いたりしていたそうです。中央の肖像画は彼女自身、ミラノ近くのBrianzaと呼ばれる地方の伝統衣装に身を包んでいます。1857年からマクシミリアンはロンバルディア・ヴェネト地方(当時はオーストリア・ハンガリー帝国領)の総督を務めていたので、ミラノに滞在することも多かったんですね。
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続いて夫婦の寝室。ベッドの両脇には、トイレと礼拝堂に直結する隠し扉があります。ベッドは結婚(1857年7月27日にブリュッセルにて)のお祝いにミラノ市から贈られたもの。
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これで、マクシミリアンとシャルロッテの居住区は終了です。せっかく手をかけて作ったのに、マクシミリアンがここで過ごしたのは1860年の終わりから1864年の4月までと3年ばかり。もちろんその間も公務であちこちを旅して回っていたので、望んでいたほどゆっくりできなかったというのが本音でしょう。船好き、本好き、植物好きのマクシミリアン、僕ともなかなか気が合いそうです。笑。

お城のコースはまだまだ続き、地上階があと少しと、絢爛豪華な2階へと続きます。その様子は次の記事で!

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by mitsugu-ts | 2018-07-04 15:24 | 続・トリエステの歩き方 | Comments(0)

イタリアの東北、風の街トリエステで生活するコントラバス弾きmitsuguのブログ。トリエステ情報や音楽、コントラバスに関する考えをまとめています。ときどき近況も。どうぞよろしく!


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