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昔の日記兼物語。「ウミネコがなぜニャアと鳴くようになったかといふ事」

むかしむかし。あるところに一匹の、海が好きな猫がおりました。
小麦色の毛を持つ小さな猫で、お日様が当たるとその細い毛が透けて光って、まるで自分もお日様のような金色になるのが、この猫の自慢でした。
猫はとにかくよく海へ出かけました。音楽の勉強に疲れた時。久しぶりのバイトが引っ越しで身体がくたくたの時。特に理由は無いけれど、とにかく猫が「海日和」と感じた時。
海に行って、波の舞曲を聴きながら身体を伸ばす時が、この猫の一番幸せな時間でした。

その海には元々、鳥が住んでおりました。鳥は、魚を捕って生計を立てておりました。
さいしょ鳥は、猫の事が嫌いでした。猫という奴らは、鳥の肉が大好物だと、鳥中学の1年生の時に習ったからです。
ですから鳥は、猫が海にやってくると、まるで隠れるように空に飛び立ち、なるべくそっちを見ないようにしておりました。

ある晴れた平日の事。勤め先の漁場から帰社中の鳥は、風にあおられてその日の獲物(丸々太った上等の鰯!)をくちばしから放してしまいました。
あろう事か、鰯が落ちたのは猫の目の前だったのです。
鳥は迷いました。あの鰯を持って帰社しなければ、鳥漁業連合の上司に叱られてしまいます。ボーナスにだって響くかもしれません。家族は、今年こそ「渡り鳥ツアー」に参加したいと、もうだいぶ前から楽しみにしているのです。

鳥は、勇気を出して猫の前に降り立ちました。
そして鳥語で、こう言いました。「その鰯は大切な物なんです。返して頂けませんか」と。そして頭を下げました。もちろん、猫が鰯より鳥に食欲を示す様子があれば、すぐにでも飛び立てるように準備はしてあります。
残 念な事に、鳥語は猫には通じませんでした。猫としても、とても驚きました。空から大好物の鰯(それも丸々太った上等な!)が降って来たかと思ったら、次には鳥がやってきて(こいつは痩せっぽちで見るからに不味そうでした)言ってる意味は分からないながらも、とてもうやうやしく頭を下げているのです。そこで猫は大体の事情を察し、猫語で
「ありがとうございます。ご好意を遠慮なくお受けいたします。」と言って、さも旨そうにその鰯を食べ始めました。
それを見て、最初はくちばしで目をつついてでも食べるのをやめさせようかしら、などと考えていた鳥でしたが、あまりにも猫が美味しそうに食べるので、なんだか自分が良い事をしたような気になってきました。
鳥は鳥語です。「どうです、美味しいでしょう。たった今捕れたばかりの新鮮なものですからね。」
猫は猫語です。「いやぁ、この辺りには良い伝統が残っているんですねぇ、旅人には魚を振る舞う習慣が残っているところは少ないですよ。」
たしかに意味はかみあっておりませんが、一匹と一羽の間には、確かに会話が成り立ちました。およそこの世界に生きる動物で、食べ物を分け合って仲が悪くなることはありませんからね。

それからというもの、この鳥は猫を見かける度、時々魚を分けてやるようになりました。猫がどうやら自分よりも魚の方が好物だと判って、安心したのです。猫 も鳥も、この新しい友情をたいへん嬉しく思いました。一羽と一匹は、お互いが持つ、自分は知らない海の雰囲気、陸の雰囲気、空の雰囲気がとてもおもしろ かったのです。

でたらめに話をするうち、やがて鳥は猫語を少し覚えるようになりました。猫は鳥語を少し覚えるようになりました。一羽と一匹は、何とかしてお互いにお互いの言葉を教えようと努力しました。
さて、どちらの言葉が難しいかというと、それは圧倒的に猫語の方が難しいのでした。海で生きていくのには、あまり言葉はいらないものです。海の近くでは、どんな動物も、自然と無口になるものですから。
それに比べて猫語というものは、それはもう、世界で一番難しい言葉と言っても良いでしょう。直接法現在・現在進行・間接法・仮定・近過去・半過去・全過去・ 過去進行・名詞の性・形容詞の性・副詞の活用などなど。それらの全てを、「N・Y・A・G・R・F・U」のたった7つのアルファベットで表すのです。時にはヒゲの角度や尻尾の位置までが意味を持つ、とても複雑な言葉なのです。ヒゲの無い鳥は、過去形を覚えるときに非常に難儀をしました。

あるとても晴れた日、猫は秘密を打ち明けました。「僕はもうすぐ、旅に出るんだ。」
し かし鳥は、猫語を間違って聞いてしまったのでした。「旅」という単語を言うには、およそとても複雑な毛の逆立て方が必要だったのです。鳥はそれを見抜けま せんでした。そしてよく判らないながらも、こう言いました。「やりたいことをやったらいい。食べたいものを食べたらいい。」

その言葉を聞いて、猫は嬉しくて悲しくて涙が出ました。そうして猫はさよならだけを言って、旅に出ました。
次の日から、猫はもうその海には現れませんでした。鳥は、なぜ猫が来ないのか不思議がりました。陸の動物なのにいつも魚を食べていたから、陸で大きな魚に捕まって、食べられてしまったのかしら、とも思いました。鳥はとても悲しくなりました。そして毎日毎日、海岸の近くを飛ぶときには、「おーい、どこだー い!?」と猫語で叫ぶようになりました。それは知らない人が聞いたら、「ニャア、ニャオン、二!?」と、まるで猫が話すように聞こえました。

ある日、鳥は気付きました。お日様が赤い衣装に着替える少し前の、ほんの短い間。水平線があの猫のような小麦色に光っていることを。
鳥はそれで、猫が生きていると知って、少しだけ安心したのでした。

おしまい。

イタリア留学直前の時期に書いた日記です。当時の僕の心構え、生活がよく現れています。笑。

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by mitsugu-ts | 2014-02-12 20:22 | プロフィール | Comments(0)

イタリアの東北、風の街トリエステで生活するコントラバス弾きmitsuguのブログ。トリエステ情報や音楽、コントラバスに関する考えをまとめています。インスタグラムでは「#今日のトリエステ」を発信中、ときどき近況も。どうぞよろしく!


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